転生前のお話

突然の爆発音が私達を襲った。

熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
息が苦しい。視界がぼやける。

周りには逃げまとう人たちが見えた。

一緒にいたはずの、隣りにいたはずの聖一が。

爆風で吹き飛ばされて遠くに見えた。

「聖一ぃ・・・!」

視線が合う。

爆風からは私同様に受け身を取れたようだが、体のパーツがバラけている。

なんとも理不尽に、不条理に!
聖一の命が、奪われていくのを見た気がした。

最後に、地面にぶつかる感触を感じた。
その次の瞬間、視界がブラックアウトした。

どこまでが実像でどこまでが虚像だったのだろうか。


遡ること2時間、私たちは東都大学にいた。

「お前ら、そろそろ授業なんじゃねーの?」

食堂で尚也と話をしていたらそんなことを言われた。確かにもうすぐ2時半だ。そろそろ大学に向かうか、と思い始めた時、聖一が
「いや、今日は2限からだからまだ大丈夫だよ。けど」

ん?「けど」?この件に関わる気なのかな・・・?

「けど、ってどうしたの?聖一?」
「凛、せっかく天気もいいし歩いていかねーか?」

ここで話す気はないらしい。そうとあらばここは同調して去ることにしよう。

「そうね、彼女は事務所にもう戻りかけているようだし、残りみんな警察に呼び出されていったみたいだし。ということはこれ以上ここにいる意味もないか。」
「な!?ずっと話していたはずなのにいつの間にそんなことを・・・いや、さすがは凛、というとこか。んじゃ俺もウロウロするか。」

そう、そもそも東都大学の食堂にいる理由は、今日も友人たちとあってから授業に行こうと思っていたからなのだ。
ところがどうも肝心の探偵×4とマジシャン約一名がバタバタと東都大学から離れたという情報をキャッチしたのだ。え?どうやって?企業秘密だ。

ともかくそんな感じで尚也と別れ、てくてくと私達が通う東都理科大に向かった。

「聖一、授業サボってこの騒ぎに関わるつもりなの?」

さっき疑問に思ったことを聞いておくと、
「この騒ぎ?いや、あいつら動いてるなら十分だろ。そうじゃなくて単純にお散歩デート。」
「デート?」
「そうそう。もうちょっとしたら寒くて歩きたくなくなるしなぁ。ちょうどいい時期でしょ?」 「なるほど」

その後は特に何を話すでもなくのんびりと地図も見ずフラフラと歩く。私は方向音痴だが聖一は太陽が出ていなくても地図も見ずに目的地へ辿り着ける。
だから安心して隣を歩いていた。

そう、何もしなくても入ってくる情報すら意識的にシャットアウトして。
ただひたすらに、今しかないこの瞬間を楽しんでいた。
その代償をすっかり忘れたまま。


神楽坂周辺は起伏が激しく、何度か登ったり降りたりした。
また、神楽坂周辺は夏目漱石ゆかりの地でもあり、他でもない東都理科大は漱石の代表作『坊ちゃん』に登場していたりする。
その途中漱石が最期を迎えた家の横を通ったりもした。
細い路地や住宅街をすり抜けつつ歩きはじめて一時間半位がたった。
いくら方向音痴でもこれだけ歩いて理科大につかないのはおかしいことぐらいわかる。

「聖一?なんか遠回りしてない?それもかなり。」
「ん?まあこのへんは歩いて来たことなかったからちょっと散策しようと思ってな。・・・イヤ、だった?」
「うん?まあいいけど?」
「まあ、ほら、そこに見えるのが靖国通りだ。我らが理科大市ヶ谷キャンパスまでもうすぐさ。」

靖国通りにでて、地下鉄の曙橋駅の入り口をスルーし、防衛庁や市ヶ谷駅のある方向に歩いていた。

ガソリンスタンドの脇を通ろうと、信号待ちをしていたときだった。

持っていた端末が鳴り出した。勝手に情報をもたらす端末は切っていたが、非常事態用のこの端末だけは例外だ。
本当に緊急事態しかならないように設定してあるそれが鳴っている。

「凛、すぐに離れるぞ!」

言われるより先に来た道を引き返し始めていた。

緩やかな下り坂を下りてきたトラックがガソリンスタンドに突っ込んだのが見えた。

(お願いだから、爆弾なんて積んでませんように!)

しかし次の瞬間。建てらてたフラグは直ちに回収され・・・。


目をさますとそこは知らない天井・・・ではなく霧に満ちた知らない空間だった。

体は痛くない。倦怠感は凄まじいが、怪我はしていないようだ。

起き上がる気になれないでいると、声が聞こえてきた。

「・・・とはどういうことだ!しっかり説明しやがれ!」
「だからこの件についてはとても申し訳なく思っている。」
「んな言葉が聞きたんじゃねー。」

聖一が誰かと言い争っている。うーん、がなりあって得るものはないと思うんだけどなあ。
とにかく起き上がろう。

「凛!起きたのか!痛いところは?」
「うん、大丈夫。けどものすごく・・・その・・・倦怠感が。」
「倦怠感?てめー、何しやがった!?」
「聖一!『てめー』が『手前』に由来する言葉だからこういう場面で使うな、っていつも言ってるでしょ?」
「んなこと言ってる・・・いや、いい。とにかくもう一度現状を説明しろ、ええっと、そもそも名前すら聞いてなかったな。」
「そういえばそうだったな。私の名前は残念なことに魔法契約によって言うことができない」

何を言い出してるんだ、この爺さんは。

「話しにならないわね。とりあえず識別ラベルとして機能すれば十分だから、ルキ、とでも呼ばせてもらうわよ。」
「ルキ、か。構わん。で、話を戻す。こちらの手違いでお二人が死ぬことになってしまった。」
「死ぬことなった?つまりここは死後の世界?」
「そうなる。何者かの陰謀か単なるミスかはまだわからんが誤って今日死ぬ人間のリストに加えられていた。生者の世界への干渉を担当した者は、すでに責任を取って地獄に落ちている。その担当者の証言によれば、リストに従い死ぬよう誘導するために君の意識を誘導して情報を得ないようにしつつあのテロの発生を防ぐはずだった君のご友人たちをミスリードしたそうだ。」
「っざっけんな!んな淡々と話すんじゃねぇ」
「聖一、ちょと黙ってて。で、テロというのは私達が巻き込まれたあの爆発?」
「そうだ。」
「なるほど。よし、一発グーで殴るからそこを動くな。」

ドスン、と殴りつける。動かないくらいの気遣いはできるようだ。

「すっきりした。で、これから私たちはどうなるわけ?さっきまで生きてきた世界には戻れないんでしょ?」
「残念ながら。」
「それで?そのミスだか陰謀だかに巻き込まれた私達に、ルキ、あなた達は何をしてくれるのかしら?」
「記憶を引き継いだまま、君たちの生きていた世界からすれば小説の中の、平行世界に産まれることができるようにする」
「転生、というものかしら?」
「そうとも言う。」

なるほど。転生、そう、転生か。戻れないことが確定した今、面白い選択肢かもしれない。

「人を殺しておいて、もう一度生きろ、と。・・・面白いわね。」
「面白いって・・・あのなぁ、凛。どう考えてもこの状況は、」
「それはそうと私達が死んだあと、元の世界はどうなったのかしら?」
「いやスルーすんなよ」

私のために怒ってくれているのはわかるが、ちょっと静かにしててほしい。倦怠感からか、さっきから声が脳にひびく。

聖一を目線で黙らせて、それから回答を促すと
「ならばその目で観察するといい。幸い時の流れを非常にゆっくりとさせてあるからまだ1分くらいしか経っておらん。」

時の流れをゆっくりに?それはそれは。

「なるほど。聖一、見に行くわよ。こいつらへの責任追及やら今後はあとまわしでまずは現状を把握しよう。」
「・・・わかったよ、後回しにする。」


あとから見ると凛の人格がちょっとおかしい気もしますが、彼女の設定上、弱っている聖一の前ではカッコつけたいんです。

それはそうと、理科大の10号館、神楽坂から遠すぎません?JR飯田橋駅からよりJR市ヶ谷駅からのほうが近いんですよ?もう市ヶ谷キャンパスでいいよね?
ちなみに理科大の10号館は化学系学科が実験をしたり講義を受けるのに使われます。
法政大学市ヶ谷田町校舎や新見附橋のところの法政大学大学院まで徒歩1分です。