まもなく論文コンペ開催

全国高校生魔法学論文コンペティション開幕までもうすぐ、あと一時間になった。

駐車場の車内で朝食を済ませたリンは会場内に侵入した。

そこではちょっとした争いがおきていた。

(おや、あれは一高の風紀委員長、千代田花音。いがみあいの種はエリカちゃんとレオくん、かな?なるほど、エリカちゃんとレオくんは警備に協力したいようね、これは使える。)

「・・・司波くん。この聞き分けのないお嬢さんに、貴方から何か言ってやってくれない?」
「はぁ・・・、俺に一任してもらえるなら引き受けますが。」
「ところがどっこいそうはいかないのよね。みんな、お久しぶり。」
「リン先生だ!なんでここにいるの?」
「達也くんもと深雪さん、エリカちゃんとレオくんもちょっと付き合ってくれないかな?構わないよね?第一高校風紀委員長の千代田花音さん?」

というと五十里の顔をちらりと見たあと苦虫を潰したような顔で
「構いませんが長くかけないでくださいね。」

といい、立ち去った。

4人を引き連れながら向かうはVIP会議室。片手でこの会場の部屋管理システムをクラックして元からそこを使うことになっていたように工作する。

「リン先生、失礼ですがどちらに向かっているのでしょうか?」
「この会場にはVIP会議室というのがあってね、閣僚級の政治家や北山家みたいな経済団体トップレベルの会合に主に使われるのだけど、そこに。国家機密を話すのにロビーのソファー、という訳にはいかないし。はい、ついたわよ。」

扉にアクセスコードを打ち部屋を開けモニターをつけ、4人をそっちのけで情報端末を繋げていると、どうやらエリカちゃんと達也くんは和解できたようだ。

その時扉をノックする音がした。

「深雪さん、申し訳ないのだけれど、開けてくださらない?」
「構いませんが。・・・十文字先輩?なぜこちらへ?」
「十文字家次期当主十文字克人くんね?初めまして、菊水凛と申します。今日は急に呼び足してしまい申し訳ありません。」
「初めまして、十文字克人です。師族会議を通して四葉家から連絡が来た時は何事かと思いました。」
「驚かせてしまったようね。でも緊急事態だったの。使えるものは親でも孫でも、っていうでしょ?」
「はぁ、なるほど。」
「ちょっと待って、なんで十文字会頭がここに?それも四葉家と師族会議経由で?」
「会場を警備しているのは十文字さんですからね、2グループにバラバラ伝えるのはめんdですし。」
「それでその後どうなっていますか?」
「ちょうど説明しようとしていたところよ。
エリカちゃん、レオくん、深雪さん、貴方たちを白昼堂々拉致した理由は・・・置いとくとして、現状についてお話ししようと思います。」

そのままここまでの大筋を話した。

大亜連合が横浜と京都に熱核攻撃を企てているという話は、絶句という形で聴く側が驚きを表すという結果を招いた。

「それでここからは十文字くんも知らない内容になるわ。
熱核攻撃をするということは対熱核兵器魔法師部隊を妨害する部隊がこの横浜に乗り込むということ。こちらは内閣府直属魔法師部隊予備隊と四葉家の分家の黒羽家が動いている。
皆さんに関係があるのは、魔法師の人質を取ることと日本の将来をになう皆さんの殺害を企てる部隊の襲撃。
既に600人から800人規模でゲリラが潜入していてこれにさらに800人以上規模の部隊が上陸し、一部はこの会場に向かうと思われます。
襲撃予想時刻はやや不確定要素があるものの、一高の発表の途中か終わったぐらいか三高の発表が始まったころと思われます。
皆さんにお願いしたいのは、侵入してくる敵を排除し、会場周辺の治安を回復する事です。
国防軍の新装備テストが明後日ある関係でたまたま近くに国防軍が待機しており、昼までには集結するはずです。なのでこの部隊が動くまでが皆さんにお願いしたい事です。」
「リン先生に1つお伺いしたいのですが、そこまでわかっていて論文コンペを中止にしないのは何故でしょうか?」
「理由は4つあります。
1つは何も起こっていないのに、中止を呼びかける理由が作れないこと。
もう1つはこれを機に大亜連合の力を削ぐとともに、日本が各国と同盟を結びやすくするためです。
また、日本に対して熱核攻撃を仕掛けるコストが安くないことをハッキリ示す必要があります。
加えて論文コンペを中止してもしなくてもやる事は同じだという事です。こう言ってはなんですが、論文コンペに来る人の数なんてたかが知れてますからね。」
「まあ要するに見かけた敵を国防軍が来るまで片っ端から倒してればいいって事・・・」
「あんたみたいな単細胞にはそのくらいの理解で十分ね」
「いえ、エリカちゃん、実際やって欲しいのはまさにそれなので、間違ってはいませんよ。敵に先手を取られない事が大事です。」

というとエリカちゃんはぐぬぬといった顔をしている。かわいい。

「リン先生、状況報告ありがとうございます。早期警戒は会場警備隊にも伝達しておきましょう。先生はどう動かれますか?」
「そうですね、真っ先に狙われるであろう港湾管制施設の警戒とあとは黒羽のお手伝いでもしましょうかね〜。一高の発表には間に合うように会場に戻りますよ。」
「そういえば聖一さんはどちらに?」
「一緒に桜木町の駅近くで仮眠を取ったんだけど、起きたら書き置きを残してどっか行っちゃったのよね。まあ探すほどの事ではないし、本気で隠れられたら私にはどうやっても探しようがないし。さて他に質問がなければ解散という事で・・・」
「そうですね、お兄様と十文字先輩は準備もありますし。」

その時手元の端末が危険人物接近警報を知らせた。

「危険人物接近警報?こんな所に?誰かしら。」

端末を操作して写真をモニターに出すと
「おお、カウンセラーの遥ちゃんじゃねーか。」
「遥ちゃん?ああ、そういえば居ましたね、そんな人。」
「うわ、かわいそう。」
「思ってもいない事を言わないの、エリカちゃん。達也くん、彼女の件は私には委任してくれない?」
「ええ、構いません。お願いします。」
「じゃあお願いされ・・・」

「ました!」
「はい??」

一瞬で目の前に現れた人間がいきなり言葉を発すればこんなものだろう。

「あなたの処遇は達也くんから私には委任されました。さて、ミズ・ファントム、今回の件どこまで掴んでいますか?念のために言っておきますが、達也くんと私の関係の話ではないですよ。」
「・・・リン先生が私の名をご存知とは思いませんでした。今回の件とは・・・、大亜連合が横浜に侵攻する話でしょうか?」
「それです。話が早くて助かります。」
「中華街の周公瑾と名乗る男が何やら動いているらしいというのは小耳に挟みましたが・・・。」
「なるほど、周公瑾ですか、調べてたのにすっかり忘れてました。なるほど、周公瑾ねぇ。すこし突いてみますか。」
「えっ?」
「あなた、いい目をしているかもしれませんね。そんな頑張るあなたにちょっとした情報を。
司波達也の正体を知るには、まだ早い。あと、そうですねぇ・・・。何事もなければ今度の正月明け、そうでなければさらに次の正月明けまでには分かるでしょう、と上司にお伝えくださいな。
ただ、貴方もよくご存知の通り、彼はトラブルに愛されてますからね、きっと何事かあるでしょう。貴方にとっても私にとっても頭の痛いことに。
それでは貴方の幸運と良縁、それから今日1日生き残れることを祈ってお別れといたしましょう。また。」

と言って私はスタスタ駐車場に向かった。

(side 遥)

正直な話、混乱の極致だった。

自分は隠業を使って隠れていたはずなのに、いきなり術を解かれたかと思うと突如として現れた。現れた人物は現代魔法界のいしずえといっても過言ではない菊水凛。
しかも開口一番が「ました!」という全くつながりの見えない言葉だ。

訳がわからない。

彼女についた数多くのあだ名の1つに「台風のような人」というのがあったが、こういう事か。

とりあえず、急いでその場を離れつつ、
彼女が「もうすぐ司波達也の正体が明るみになる」と言った意味と「今日1日生き残れることを祈って」と言った意味について考える事にしたのだった。

(side 達也)

今朝叔母上から連絡を受け、リン先生からの警告は聞いていた。
しかし会場に現れるなり拉致同然に自分とエリカたちをVIP会議室に連れて行き、発言の隙を与えない早さで情報をどさっと与える。
そうかと思えば、監視者に気がつくや否や、白紙の委任状を要求し、認めた途端姿が消えるとは思ってもなかった。
十文字会頭ですら気がついていなかったようだが、端末が警報を知らせる前に、想子波に乱れが生じていた。
その時初めて霊子を用いた人避けと、偽装解除の結界が張られていたのに気がついた。どうやらリン先生を中心に、一定距離に結界を張っていたようだ。
本来結界とは、場を起点にかけるもので、距離を起点にかけるものではない。並みの魔法師では自分が動くたびに結界を更新しなければならない。

(一体いつの間に結界を展開したのだろう)

改めてすごい人だと思った達也だった。そこでふと思い当たる。

(ここにエリカたちを呼んだという事は積極的に関わらせる、ということか。)

思わずため息をついた。