戦いの始まり

飛び立った付近上空にたどり着くも、衛星通信経由での想子レーダーと街路カメラのクラッキングに少し手間取る。
通信速度がどうしても遅いためやむを得ない。それでもどうにか地面に降り立ち、カフェに入ってコーヒーを飲みながら情報収集をする。

飛び立つ前に声を掛けた甲斐あって多少ゲリラを検挙出来ているようだ。

偵察機を破壊しだしたあたりから、国外から日本へのサイバー攻撃が増加しているようだ。既に幾つかの企業で巻き添えを喰らい情報流出が起きている。
どこからどう話が繋がったのか既にIPAがセキュリティ情報を出し、可能ならサービスを休止してネットワークから切断するように呼びかけている。

西暦2030年ごろのいわゆるプログラマー増加政策が珍しく功を奏し、日本のサイバー戦争対策部隊は、質、量ともに大幅な増強に成功した。
これにより周辺国からの慢性的なサイバー攻撃に安定して対処できるようになった。
法案審議当時は1990年代の失策をまた繰り返すのかと散々な言われようだったが、反対勢力を説得するために東奔西走し、最終的に全会一致での可決に持ち込んだ甲斐があったというものだ。

官民合同のサイバー対策部隊は既に昨日から動いていたようだが、数時間前に核攻撃の話を掴んだようだ。
街路カメラや想子レーダーへのクラッキングにも気がついているようで、さっきからネットワークがやたらと騒がしい。

実働部隊の検挙はさらに進んで300人程度の検挙に成功したようだ。まだまだ少ないが検挙しないよりははるかにましである。

一応の情報収集を終え、コミューターで会場に着くとちょうど1校の発表が始まった。

テーマは重力制御魔法式熱核融合炉についてだ。
FLTで他でもない司波達也によって実用化されたループキャストを応用、刻一刻と変化し変数定義が困難な状況を微小時間に分解し魔法を断続的に行使する。
かける魔法は分子間の結合を弱めるものと重力を制御する魔法。
距離の2条に反比例して増大するクーロン力を弱め、また重力を制御することで反応場を設定し、原子が衝突する事を可能にする。ループキャストがあってこその魔法だ。

(私は積分してるみたいで嫌いなんだけど。)

ループキャストのやってることは、小学校で誰もが習ったであろう、円の面積を求める方法に近いものがある。円をどこまでも細い短冊形に切って長方形に近似したあれだ。

(やっぱり数学嫌い。)

学生の発表なのであまり質問を投げかける人はいないが、私は質問を投げることにした。だって私物理苦手だし。聖一がいれば聞くんだけど。

ちょうど司会が質疑応答に入るとアナウンスしたので手を上げてみた。マイクが回ってくる。

「初めましてのかたははじめまして、菊水凛と申します。断続的熱核融合炉にループキャストを利用するのは面白いと思いました。質問があります。
控えめに言っても物理は苦手なので頓珍漢なことを言っていないといいのですが。
加速魔法などで明らかなように魔法的な何らかのエネルギーは物理的なエネルギーに変換されることは余剰次元定理を持ち出すまでもなく明らかですが、
その逆が起こることによりエネルギー収量が減少することはありませんか?
例えばFAE理論、後発事象可変理論、Free After Execution theory、まあどれでもいいですけど。とにかくそれでは、魔法発動直後ごく僅かな時間物理空間にある種のゆらぎが生じ、その間の魔法発動は通常よりはるかに少ない負荷で魔法が発動できることを利用しています。
つまりその間物理法則にゆらぎが生じるわけですね。このとき核融合反応の反応場がそのゆらぎのただ中にいるということになると思うのですが、
エネルギーが逆に別の次元へ逃げる可能性はありませんか?
ループキャストを利用する以上、反応の効率化とループ時間の短縮は同義だと思うのですがそうすればするほどエネルギーが逃げやすくなりはしませんか?」

「術式調整を担当した司波です。エネルギーが逃げ出す可能性はありますが、
FAE理論の示す物理法則の拘束から開放される時間はループ周期と比べて極めて短く、
また生成したエネルギーの無視できない量が流出するとは考えにくいので懸念は当たらないと考えます。
ところでリン先生、FAE理論は日米の極秘研究だったものでまだ機密指定は解除されていないと思うのですがここで言って大丈夫ですか?」
「あややや・・・。」

(やっば、忘れてた。)

ちょっと疲れてるなぁ・・・、と内心焦りつつ。

「まあ、私を捕まえられるものなら捕まえればいいんですよ、無理でしょうから。もちろん、あなたや周辺の安全も私が保証します。もっとも今日生き残れたら、ですが。」
そこまでいって質問を終えた。手元の端末がさっきから警告を出し続けてる。山下埠頭の港湾管制ビルが襲撃されたようだ。
残念ながら防ぎきれなかったらしい。現在時間は15:33。敵の邪魔が入らなくって本当に良かった。
背伸びなんかをしていたら三高の吉祥寺真紅郎が壇上に見えた。この後の発表は基本コード魔法の重複限界だったろうか。
化学屋としては興味のある発表なのだが、残念ながら見られそうにない。

エリカちゃんたちが来たのでお別れと警戒の言葉を残し会場を去る。

会場から出ると同時に殺気を感じたので、透明魔法を自身にかける。すぐに後ろで戦闘が始まるが私には他の仕事がある。

(まあ、彼らならこの程度の集団、大したことはないでしょう)

得た情報は自動的に四葉家に流される。黒羽家の情報と合わせて、師族会議、国防軍と警察に流されている。
すでに警察は市民の避難誘導にあたり、101旅団は会場付近の防衛に動き始めているだろう。
政府は山下埠頭港湾管制ビル襲撃の5分後、15:35の時点で非常事態宣言を出している。
四葉家を経由してヘリコプター含む一切の飛行物体の飛行禁止が出ているのでマスコミの報道ヘリや無人撮影機は飛んでいない。