千里を見通す人形

そう言って警察署を出たものの、この付近から動かないと決めた以上、しばらくは暇である。

(適当にそこらを歩きますか。車は・・・仕方ない、東京まで回送しておくか。)

車に戻り、幾つか条件設定式のアラームをセットし、回送を手配して身軽な服装で街に出た。

初めて歩く街。情報端末片手に歩くのは得策ではない。五感を総動員し、気の向くままに歩く。

(こういう五感を使う仕事は私じゃなくて聖一とか有希ちゃんの得意分野よねぇ・・・。
いっその事人形たちも呼び出すか、人形なら街路カメラには引っかからないし。見た目も機械です、で誤魔化せるだろうし。うん、そうしよう。)

カードを使い自宅から人形たちを呼び出す。

「凛?こっちでカードを使って呼び出すなんて久しぶりだけど、何を頼みたいんだ?」
「目になって貰おうかと。」
「なるほど、確かに千里眼向きの仕事だな。どうする、有希?」
「もちろん受けるさ。それでここは横浜の・・・ああ、戸部のあたりか。」
「流石ね。じゃあ早速。突き当たり右と左どっち?」
「左だな。そっちの方が行きたくない。」

こうして人形との楽しい散歩が始まった。

旧東海道線近くまで来た時、魔法の発動を感じた。どうも人払いの結界のようだ。

「有希、近くまで行って見てきて。」

そう言いつつ自分は端末を立ち上げ想子レーダの状態を確認する。すると・・・。

「そりゃまぁ、小指の先で落とせる人もいるだろうけど、いくらなんでもセキュリティが弱くはないだろうか・・・。今度今の仕事にキリがついたら提言しとこうかなぁ・・・。」
「そんな事言ってる場合ではないと思うんだけど。」
「わかってるって。」

とりあえずクラッキングにはクラッキングで対抗しつつ、偵察に行かせた有希と視覚を同調させる。

どうも4人程度のグループらしい。1人が結界を張りつつ監視し、3人が爆発物を設置しているようだ。

キャビネットの幹線路である旧東海道線沿いは当然警察も警戒している。それなのにわざわざご丁寧に爆発物を仕掛ける理由はただ1つ。

魔法による襲撃だ。

この蜂の巣をつついたような騒ぎで、ただでさえ人手不足の魔法犯罪対策課はキャビネット付近の爆発物設置程度では出てこない、そう踏んでいるようだ。
使う魔法は遅延発動の魔法。たとえ爆発物が解体されても遅延発動の魔法とタイミングを合わせて襲撃すれば効率的という寸法なのだろう。

とりあえず有希を呼び戻しつつ、対応を考える。
目の前でやってる連中は捕まえるとして問題はどのくらいの規模でこれをやっているかだ。

「尚也ー、今13:20なんだけど、これどのくらいやられてると思う?」
「そこまで多くはないと思う。それより敵の行動が不自然じゃないか?」
「何が?」
「熱核攻撃を仕掛けるなら当然空戦部隊もいるはず。なんでいないんだ?」
「それは・・・戦闘機を使えないからと、中途半端な魔法師の空戦部隊では立川の空軍の格好の餌になるだけだから、では?」
「それでは対熱核兵器魔法師部隊にはどう対処するんだ?」
「うーん、空中での魔法行使は難しいからむしろ着地する場所をなくす方向で動くんじゃないかな。」
「ゲリラと地上部隊はむしろ監視役として、その魔法師を発見次第エース級戦力を投入する、と考えるべきだろう。」
「あ、有希おかえり。しかし、なるほどね。まあそれなら通信を錯乱させれば事足るから楽でいいんだけど。」
「それより連中かなりたくさんの爆発物を所持しているぞ。すぐに解体に動かないと時間がない。」
「そうねぇ、七草家と黒羽に連絡しておきましょうか。」
「目の前の連中は?」
「超過勤務手当がわりに睡眠を。じゃあ一気にやるわよ。」
「「了解」」

一気に詰め寄り失神呪文を浴びせる。予想どおり一瞬でかたがついた。爆発物は凍結させ、起爆装置は分解。遅延発動魔法も分解してひとまず終わった。

そのまま七草家に連絡をしようとした時・・・。

「凛!上!」
「へ!?」
「上空約1km、無人偵察機。」
「偵察機?ということは敵に、この私が、動いてることが伝わってしまったかな?」
「いや、かろうじて連中がかけた軌道監視衛星カメラ対策の幻惑魔法が残ってるけど、かけ直さないとまずい!」

慌てて透明魔法をかける。さすが有希、1km上空の小型偵察機に気がつくとは。

気を取り直して七草と黒羽に連絡を入れる。また響子ちゃんに無人偵察機の話も併せて流す。

「有希、尚也お疲れ。また後で呼ぶと思うから一旦戻って待機してて。」
「了解。」

カードを向けて自宅にワープさせた。

というわけで、私は空へ舞い上がった。
正直あまり箒で空をとぶのは、得意ではない。だが箒で飛ぶほうが体に負担がかからないためこういう時は重宝する。

早速先程の小型偵察機を発見する。箒を上に向けさらに加速魔法で急上昇し小型の真上に位置取る。魔法観測機器やカメラを避けるためだ。
そのまま100m近く急降下し、小型偵察機とすれ違いざまに分解する。

そのまま横浜を眺める。箒で飛ぶ時は目が乾燥しやすいため、ゴーグルをかけるのが一般的だった。
今回私が身につけているゴーグルは情報端末にもなっているので、AR(仮想現実)で避難経路や交通網、危険物工場、警察、消防、魔法協会の位置などを確認する。

他にも小型偵察機がいる可能性は高いので高高度を飛行していると、今度はさらに小型の光学カメラのみを搭載した無人偵察機を発見した。

(こんな小型機、港まで電波が届くとは思えない。近くに親となる大きな機体があるはず)

しかしざっと見渡しても見つからない。

(ちょっと危険だけど探索魔法をつかうか。)

探索魔法はその原理上、自分が見つけるより一瞬はやく相手に自分が認識される。セキュリティ的に問題がある魔法なのだ。
しかし、超小型偵察機という検索キーがある以上探索魔法を使うのが手っ取り早い。

「せめて有人探査機でありませんように。クワーリル!探索せよ!」

光の筋が飛び出し親機までの直線を照らす。照らした先は地上から1.5kmほど、現在位置から水平方向に500m、垂直方向に400mのところにいるようだ。ここからは雲に隠れて見えない。

見つけたらぐずぐずしている時間はない。目の前の子機を爆破し、最大速度で見つけた偵察機まで箒を走らせすれ違いざまにこれも爆破する。

近くに3機ほど偵察機が見える。P2Pとかでネットワーク復旧されると困るので破壊するべく箒を走らせる。

その後幾つかの親機と子機の集団を見つけた。

なんで対空哨戒に引っかからないのかと思って調べたら、中距離飛行物検知に使われるミリ波(かつてのアナログ放送の帯域付近)吸収素材が使われていた。また赤外線レーザーは空気中のチリで散乱した光をカメラで捉えて避けていた。レーダーにはステルス素材で映らず、軌道監視カメラからは高度的にピンボケで映らない。
さらに魔法的索敵を避ける魔法がかけられているものもある。

これだけの加工、かなりの費用がかかるはずだ。

(ええい、面倒な。測量会社の測量レーザーをセスナから当てれば一発で見つかるのに。)

まあしかし概ね爆破解体が終わった。
現在時刻は2:30。一高の発表まであと30分だ。

敵も偵察機が消されているのは気がついているはずだが追加で展開している様子がないところから察するに、今投入できる機体はもうないのだろう。
内陸に行き過ぎたので、再び戸部へ戻ることにした。