傀儡式鬼と幻獣への対処

交通管制システムを遠隔操作ロボットでクラック可能かという実験のために、まずこれまで通りクラックし、それから実験をしていたら夜が明けた。結果は失敗だったが。

(うーん、あれ、地味に高いんだよなぁ、どうやって回収しよう・・・。運悪く京都に行っちゃうし・・・。)

そう、遠隔操作ロボットを回収しようと思っていたらどういうわけか偶然京都市内まで、載せていたコミューターが行ってしまっていた。名古屋に行った時点で呼び戻すべきだったか。
いい案が浮かばないので、紅茶を入れて飲みつつ情報端末に目をやる。

「そう言えば達也、京都のKKホテルで、これから嵐山に向かうのか。ちょうどいいや。」

クラックついでに達也からの手配には問題のロボットが乗ったコミューターを向かわせるように設定する。

シャワーを浴びて上がったらどうやらコミューターに乗り込んでいるようだ。マイクをオンにすると会話が聞こえてきた。

「司波、さっきの幻獣だが、俺たちが昨日遭遇した『傀儡式鬼』とはまた違うものなのか?」
「傀儡式鬼とはまた耳慣れない呼び方だな。ゴーレムという名称が一般的だ。この名前なら、違いが分かるんじゃないか」
「一条さん、お兄様、口を挿んですみません。お兄様、私もゴーレムについては名前しか知らないも同然です。どういうものか簡単に教えていただけませんでしょうか」

(深雪がゴーレムを知らない・・・?・・・ああ、一条くんのためか。)

「ゴーレムは幾つものパーツを連結して生物、あるいは伝説上の怪物を模した人形に行動パターンをプログラムした独立情報体を埋め込んで、収束系魔法で各パーツの相対位置を連続的に変えることで模った生物を再現する魔法的なロボットだ。
例えば石材で巨人のゴーレムを作るとする。そのゴーレムは一見、関節もない硬い石の塊が人間のように動き出したかの如く見える。
だが実際には関節にあたる部分は繋がっていない。硬化魔法と同じ原理で、相対位置を固定しているだけ、要は身体の各パーツを積み上げているだけだ。
ゴーレムにはその材料となっている実体物がある。木材のような有機物の場合もあれば、石材のような無機質の場合も、水のような不定形物の場合もある。
しかし、実体を持たず力場でそれがあるように見せかけている化成体や幻獣とは、実態があるという点で決定的に異なる。
ゴーレムを動かすためには、動作パターンをプログラムした独立情報体を埋め込む必要がある」

「えっと……要するに、幻獣や化成体とゴーレムの違いは、実態があるか無いかなのね?」

そろそろ面倒だと思ったのか、真由美が達也の説明を本当に一言でまとめた。

「今の話を聞くと、実体がある分、ゴーレムの方が対処しやすく思えるな」

「化成体にしろ、幻獣にしろ、わざわざ生物の形を与えるという余計な手間を挿んでいる。その点で、魔法の使い方としては非効率なものだ。
核となる呪物を使っていないなら、狭い範囲に魔法力を集中した領域干渉で消し去れる。呪物で虚像を強化している場合は、その核を破壊すればいい。
あるいは単純に虚像を形作る力場を破壊してもいい。物理的に作用する力場なら、物理的な作用で破壊可能だ」

(その認識では不十分よ、達也。)

即座にロボットのカメラとマイクを有効にし、話しかける。

「ところがそうでもないわよ、達也。」

カメラを見ると一条くんと深雪が驚いてくれたようで固まっている。が。

「達也、ちょっとストップ、それ壊さないで。それ地味に高いんだから!ちゃんと回収しといてね。」

10数万する機械を回収できなかったらちょっとへこむ。
そんなことを思っていたら
「リン先生、この会話を聞くためにこんな凝った物を仕掛けてるんですか?」
「そんなわけないじゃない。」

とんだ勘違いをされた。

「で話を戻すわよ。1996年にアリス・マーガトロイドという当時16歳のイギリスの魔女が『影法師の呪い』というのを開発したのよ。」
「はぁ。」
「達也は知ってると思うけど彼女は人形遣いでね。当時の情勢下で彼女は人形を増やして物量作戦に出て、身を護る必要があった。しかし1つ1つ人形を作ってたらやってられないということで使っていた『双子の呪い』にあった欠陥を回避するために開発した魔法なのよ。
お察しのとおり、これは元となる1つの人形を複製する魔法なんだけれども、これは傀儡の核を複製したそれぞれが持っているのよ。
そのおかげで、相手に視認されないところへ人形を1つ隠しておけば、術者の魔力供給がある限りほぼ無限に存在し続けられるというチート染みた代物だったわけ。
さて一条くん、これにあなたならどう対抗する?」
「ぇえ!?ええっと・・・。物理的な力場に干渉してるけれど、すべてを視認できないから同時には破壊不可能で核も同じ・・・うーん。」
「お手上げかしら。そう言えば以前深雪に出題しっぱなしだったわね、ちゃんと『お兄さま』に聞かないで答えは出たかしら?」
「ええっと、対象数が同時照準可能なら視認できる数すべてを破壊した時に流れ込む魔法式を解析すれば視認できていない人形を認識できると思います。しかし誰もが魔法式を解析できるわけではないという点と、同時破壊が必要ということに変わりがないので・・・。これではダメ、ですね・・・。
いや、修復のための術式が動作するためには何らかの印が必要なはずです、その印を壊せば修復されなくなるのでは?」
「良いところを突いたわね。開発当時彼女が、親友である私にその魔法を見せた時に、そこを突いてクラックして見せたわ。
それで彼女と共に術式を修正して、核そのものを印として使う事にしたの。核を壊す間に修復が始まるという寸法ね。」
「術式解体をぶつけるのではダメなのでしょうか?」
「一瞬核付近の想子が乱れるだけで無意味でしょうね。達也、答えを言って良いわよ。」
「核周辺の想子をなくせば印が機能しなくなると思います。」
「そうね、それが1つ目の方法。何らかの方法で想子を離し印を無効化するのは有効よ。
もう1つの方法は、修復のために流れ込む術式を遮断する、もしくは改竄すること。つまり術式解体より大きな範囲で想子を荒らしつつ、物理的に破壊すればいいわ。」

「どちらも無理難題に聞こえるのですが。」
「そうねぇ、作った本人が言うのも何だけど現代魔法は情報と認識にこだわりすぎた結果、気や流れの操作が苦手だものね。
古式魔法なら前者は結界を投げつけるなり、想子を吸引する擬似生命体をでっち上げるなりすればいいし、後者はやはり結界を張ったり想子を乱す効果がある香料や粉末の弾幕を張ればいいだけだからね。」
「すみません、領域干渉でダメな理由は何でしょうか?」
「一条くんはそもそも領域干渉に対する理解が欠如しているようね。
領域干渉とは、つまるところ想子の支配権争い。影法師の呪いで生み出される核は霊子の集合。加えて存在する想子は術者の影響下にある。強く純粋な想い。
幻想が集う核と術者の影響下にある想子が生み出す支配力に打ち勝つ領域干渉なんて私でも作れないわよ。消耗戦に持ち込んでも相手より自分の消耗が早いから成立しないし。」
「なるほど。しかしでは何故精霊魔法は領域干渉で防げるのでしょうか?」
「精霊そのものを相手にしないから。」

突拍子もない話に、領域干渉で精霊そのものはほとんど影響を受けないという基本的な話を忘れてしまったらしい。

「あっ・・・。なるほど、ありがとうございました。」
「現代魔法師は速さばかりに目が行きがちだけど、こういう技巧を凝らした魔法の前にきちんと対処出来なければだめよ、一条くん、深雪。また、古式魔法に関して安易に結論を出さないこと、達也。」
「考え不足でした。」
「解ればよろしい。そろそろ目的地だけど、頼むからそれ回収してね、電池抜けば動かないから。」
「わかりました。」

言ったそばから電池が抜かれた。まあちゃんと持って帰って来てくれるだろう、多分。

徹夜してたから当たり前だが眠くなってきた。寝るか。